はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 70 [ヒナ田舎へ行く]

スペンサーはウォーターズのことを考えていた。

伯爵の差し向けた人物なのか、それともただの隣人なのかと。

ヒナと同時に現れたのでなければ何も思わなかっただろう。

ダヴェンポート邸がにわかに騒々しさを帯びたのがひと月ほど前。売りに出すとの噂は何度かあったが、実際にダヴェンポートがあの屋敷を手放すとは思いもしなかった。体裁にこだわる人物で、空き屋同然だったにも関わらず、手入れは怠っていなかった。

なのですぐに住み始めるにはうってつけの物件だったということだ。

ウォーターズはここを別荘とする気だろうか?別荘ならもっといい場所があっただろうに。夏の避暑地としては、まあ、申し分はない。少々じめじめした日が続くのが難儀だが、空気はいいし、麓の村は商店が充実していて、そう不便でもない。

「おかわり、注ぎましょうか?」

顔を上げるとダンがティーポットを手にそばに立っていた。

ネコを探すと言って一行が出て行ってから三〇分ほど経っただろうか?すっかりテーブルは片付き、残るのはスペンサーのカップのみとなっている。

「ああ、頼む。ダンもどうだ、そこに座って」スペンサーは退屈しのぎの話し相手にダンを選んだ。ちょうどウォーターズについての意見を聞きたいと思っていたところだ。

「いいんですか?」そう言うが早いか、ダンは自分のカップをサイドボードから取ってきて、スペンサーの向かいに着席した。「実は喉が渇いていたんですよ。下ではまだロシターとブルーノがにらみ合っていて、どうにもお茶を頂けそうにもなかったものですから」

よくしゃべる男だとスペンサーは思った。

「ロシターはまだ帰っていなかったのだな」なぜか、すでに帰ったものだと思っていた。確かに、主人はまだ庭をうろついているので、ここにいて当たり前なのだが、なぜかあの男はこの屋敷には相応しくないように思えた。

「そうなんですよ。そのことで揉めているんです。用が済んだのだからさっさと帰れと言うブルーノと、もしかするともしかするかもしれないと言うロシターと」ダンは紅茶を啜った。

もしかするとはどういう意味なのか、スペンサーは訊ねなかった。深い意味はなさそうだし、あっても知りたくなかったからだ。

「ウォーターズのことはどう思った?」スペンサーは出し抜けに訊いた。その方が率直な意見を引き出せそうだと思ったからだ。

「ウォーターズさんですか?気さくな方だなと思いましたが」ダンはカップをそっと労わるようにソーサーに戻した。

「クラブの経営者だと言っていたが、これまで名前を聞いたことは?」なにかしらの噂が耳に入っていれば、素性を調べるのも楽なのだが。

「いいえ、ありません」ダンは即答だった。

「同じ街に住んでいるんだろう?しかも向こうは大金持ちだ。名前くらい聞いたことがあってもおかしくはないだろうに」スペンサーはこぼした。調査費用もタダではないのだ。

「同じ街と言っても、そんなに狭いわけではありませんよ。大金持ちは沢山いますし――僕の主人もそうです――、それに、出資だけして実質経営は実務者に任せているということもあります。伯爵に訊ねてみてはどうですか?同じ街に住んでいるわけですし」

もっともな言い分のように思えたし、なんとなく煙に巻かれているようにも思えた。

「ヒナがえらく気に入ってたな」話の方向を変えた。

「きっと甘いもののせいでしょう」ダンはどこからともなく取り出した焼き菓子をそっとかじった。

「だろうな。カイルまでもよだれ垂らしながら擦り寄る仔犬のようだったしな」スペンサーは溜息を吐いた。

「二人ともかわいいもんですね」ダンはにこりとした。

こっちは恥をかかされた気分なのに、のんきなものだ。でも、まあ、ダンは泣いているより笑った方がいい。いや、あの泣き顔もなかなかよかった。

スペンサーの思考はウォーターズから離れ、どこか別のところを彷徨い始めた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 71 [ヒナ田舎へ行く]

まったくもうっ!旦那様のせいでヒヤヒヤだよ。

こっちはやっとのことでここにいられるようになったというのに、旦那様の異常なまでのヒナへの愛情のせいで――

ここでダンははたと気づいた。

まさか僕と旦那様の関係に気づいたとか?むしろ旦那様とヒナの関係と言うべきか。だってそうじゃないと、ウォーターズをどう思ったなんて、僕に尋ねるはずがない。

ダンはそれとなくスペンサーの表情を伺った。青い瞳はぼんやりと宙を眺めていて、関係を疑っているようには見えない。それともそう見せかけているだけ?

仕方がない。探りを入れてみるか。

「スペンサーの目には、ウォーターズさんはどのように映りました?」

「腹黒そうなやつ。もしくは単に金のある男というだけか……」スペンサーは率直に述べた。

「お金持ちだということは特に隠していないようですね。持ってきたバスケットの中には美味しそうなハムもありましたし」

「こんがり焼いたら美味そうだな」

「少し厚めに切ってパンに挟んでもいいですしね」

「贅沢だな」スペンサーは咎めるような目でダンを見た。

「かもしれません」ダンは笑って肩を竦めた。ほんと、随分贅沢になったものだ。旦那様に拾われるまで、ハムなんて食べたことなかったのに。

ダンは田舎の家族のことをちょっとだけ思い出した。

「お前の主人は気前のいい方か?」

ダンは急な質問に驚き、舌を噛みそうになった。「ええ、そう思います」言葉少なに答え、カップを口元にやった。これ以上喋ったら、いつかぼろが出てしまいそうだ。

「それはよかった。ケチな主人を持つと苦労するからな」

妙に無感情な物言いだった。スペンサーが伯爵に不満を抱いているのはそこかしこからうかがえたが、僕の前で直接批判を口にしたのは初めてではないだろうか?

「僕がここにいるとかなり苦しくなりますか?」贅沢は出来ないと前もって言われてはいたが、どの程度なのか知っておいて損はない。

「程度にもよるな」とスペンサー。侮辱されたと取ったのだろうか?

「僕はヒナほど甘いものは好きではないですし(嘘だ)、お茶だって馬鹿みたいに飲んだりはしません(茶葉は持参しているけど)」

「そのくらいなんでもない。ただ、贅沢はさせるなと言われている。そこが問題だ」スペンサーは皮肉った笑みを浮かべた。

「伯爵の出した条件ですね」ダンは真面目な顔つきになった。伯爵のねじ曲がった性根に腹が立ってしようがない。ヒナはただ、亡くなった両親に会いたいだけなのに。

「そうだ。それを守らなければどうなると思う?」

「どうなるのですか?」ダンは神妙に訊ねた。

「一族がこの土地から追い出されることになるかもな」スペンサーはそう言って、ぞっとするほど無味乾燥な笑い声を漏らした。

「まさか……」

どうやら笑い事では済まされない事態も起こり得そうだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 72 [ヒナ田舎へ行く]

もはや問題はヒナの待遇云々ではなくなっている。

正直、伯爵の目がここまで行き届いているとは思えない。代理人がやって来たとしても、向こうがこちらの状況を把握する前に、こちらが先んじることは可能だ。もちろんウォーターズがスパイではないとの前提だが。

問題は、僕がいると生活が苦しくなりますかなどと、人の自尊心をフォークの先でつつくような真似をするダンをきっぱり追い出せなかったことだ。

影響は兄弟全員に及ぶだろう。

スペンサーは怖気づいた様子で席を立とうとするダンを、そのままやり過ごした。ダンはもごもごと言い訳めいたことを呟きながら、自分のカップを持って立ち去った。

ダンの困ったような背中が、以前ここの下働きだったぼうずのそれと重なった。小柄で人懐っこく、いつもブルーノのあとを追いまわしていた。やめてもう一年にはなるだろうか。それともまだひと月くらいか?確か、カイルと同い年かひとつ上かだったな。

ダンが十八……まだまだ子供だ。

「おい、スペンサー。あいつをどうにかしろ!」ダンと入れ違いで、生意気な弟が暴言めいたことを吐きながら居間に現れた。

「お前にしてはお喋りだな」チクリと嫌味で迎える。

ブルーノはスペンサーお気に入りの椅子の前にまわり込み、挑戦的な目つきで兄を見おろした。「真面目に聞いておかないと、あの金持ち男に屋敷を乗っ取られても知らないぞ」

「お前がキッチンを離れている間に、ロシターがお前の城を乗っ取ってるんじゃないのか?」笑い事ではないが、笑えた。弟をからかうのは、ちょっとした娯楽だ。

「その心配はない。あいつは料理は出来ないからな」腕を胸の前で組み威圧的な態度だ。兄を威嚇してどうするつもりだ?

「だったら別に騒ぐことはないだろう」

「いいや。あいつの存在が無理だ」ブルーノが誰かをここまで頑と拒絶するのは珍しい。

「主人が散歩から戻ってきたら帰るだろう。それにしてもあいつらはまだうろついているのか?」見えもしないが後ろを振り返って、屋敷の裏手の庭のほうを見やった。

「今の間に玄関前に馬車の用意をしておく。戻ってきたらすぐに乗ってお帰り頂けるように」そう言い残し、ブルーノは股が裂けるのではというほどの大股で去って行った。

相変わらず嫌味なやつだ、とスペンサーは長い脚をひけらかす弟に向かって鼻を鳴らした。

まあでも、あいつがカッカするのも理解できる。ここはロスの縄張りだ。誰にも侵させない。

では、そろそろ客人とその連れにお帰り頂こうか。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 73 [ヒナ田舎へ行く]

ネコとの戯れに夢中になっていたヒナは、うっかりジャスティンとの貴重な時間を無駄にしてしまったことに気づいた。カイルをウェインにまかせて屋敷に戻りながら、延長はできないだろうかと策略を巡らす。

「あーあ、ヒナ疲れちゃったな。もう歩けないな」とそれとなく抱っこをせがむ。そしてそのままくっついて離れなければいい。

それとも、

「ウォーターさんおなかが空いたんだって。ばんさん一緒にどうですかって誘ってもいい?」とスペンサーに頼んでみる。

それから、

「お風呂も誘っちゃった。ヒナが背中流すね」という流れ。

へへっ。名案。

ヒナはうきうきスキップでジャスティンの手を取った。カイルはウェインと先を行っているので、疑われることもない。

「ヒナ、あまりべたべたしない方がいいぞ」ジャスティンが小声で注意を促す。けれども、握った手は離さなかった。

「カイルだってべたべたしてるもん。だから大丈夫」

ジャスティンは前を歩く二人を見やり「まあ、そうだな」と即座にヒナの言い分を受け入れた。

「明日の予定は決まってるのか?」ジャスティンが訊いた。

「ピクルスに乗ってぐるり」

「ピクルス?」あんなものに乗れるのかといった表情。

「馬ですよ」ぷぷぷっとヒナは笑った。

「そうでしたか」とジャスティン。やっと、この他人行儀な言葉のやりとりに面白味を見いだしたようだ。「ところで、ヒナは馬に乗れたんだったかな?」と切り返す。

「乗れません」ヒナは陽気そのもの、歌うように答えた。

「あ、あぁ……そうか。では、ピクルスの引く乗り物に乗るのだな」ジャスティンは心配そうに眉を顰めた。ピクルスを信用していいのか判断しかねるといった態だ。むしろ何も信用できないというのがジャスティンの考えではある。

屋敷の裏手の開けた場所にたどり着き、ヒナはたまらず甘え口調になった。

「ジュスも来る?」

ウェインとカイルが表玄関に続く小道で待っている。

「頑張ってみる」ジャスティンは精一杯の答えをヒナに捧げた。こればっかりは勝手に決められない。まかり間違えば、ヒナが両親に会えなくなるおそれがあるからだ。

ヒナもそれはわかっているので、これ以上の無理は口にしなかった。

「ねぇねぇ、ヒナ!ウェインさんは馬車レースにも出たことがあるんだって」カイルが興奮しながらヒナに駆け寄ってきた。振り返って、尊敬のまなざしをウェインに向ける。

「それは知らなかった」とジャスティン。

ヒナは馬車レースがどんなものか想像中だ。

「まぁ、優勝なんかもしたことがありますけどね」謙遜しているのか自慢しているのか、ウェインは得意げに鼻先を人差し指の第二間接で擦った。

「僕、ウェインさんに弟子入りしようかな?」カイルはすっかりウェインの虜だ。

「じゃあ、ヒナはウォーターさんに弟子入りする!」

何を学ぶ気かは知らないが、ヒナは声高に宣言した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 74 [ヒナ田舎へ行く]

やっと戻って来た。カイルの道草好きにも困ったものだ。ヒナがいるから調子に乗っているのか、客が無遠慮過ぎるからなのか、たいして見るもののない庭をいつまでもうろついて、いったい何をしようというのか。

玄関前で待機していたブルーノは、屋敷の東側から姿を見せた弟と客とヒナと客を凝然と出迎えた。

客と、客?

ひとり多い。

ブルーノは目を凝らした。

先ほどキッチンを覗いた男がカイルの隣を歩いている。何の特徴もない普通の男だ。ロシターと違って害はなさそうだったので適当にやり過ごしたが、名をなんと言ったか。もう忘れてしまった。

「ブルーノ、なにしてるの?」楽しい会話でもしていたのか、カイルは満面の笑みだ。

ブルーノは心を鬼にした。

「カイル!いったいいつまでお客様を連れ回すつもりだ」

突如怒鳴られたカイルが唖然とする。

ブルーノは鬼の演技を続けた。無表情の中にも申し訳なさを浮かべ、ウォーターズに向かって弁解がましい口調で言う。

「弟にお付き合いくださり感謝いたします。これ以上のお引き止めはほとんど犯罪のようなものです」(自分でも何を言っているのかさっぱりだ)

「まさか、そんな!」ウォーターズは慎み深くブルーノの言葉を否定した。

「いいえ、本当にすみません。あ、そうだ。心ばかりの品を、あちらに積ませていただきました。今夜の晩餐にでも召し上がってください」ブルーノは馬車の座席を指し示し、丁寧に頭を垂れた。

さあ、おかえり願おうか。

「ヒ、ヒナ、おなかすいた。ばんさんしたい!ねぇ、ウォーターさんっ!」

ヒナがウォーターズの腕に縋りつき、訳の分からぬ事を言い出した。

お腹が空いた?ほんの小一時間前にケーキやらサンドイッチやら、ケーキやら……を食っただろうに。

「今夜の晩餐は八時から」ブルーノはヒナがぐだぐだ言う前にきっぱり。

ヒナはショックに目を見開いた。晩餐の時間が遅れたのは、余計なお茶の時間を設けたせいだ。食事の支度をするこちらの身になってみろ。

「旦那様、そろそろ帰りましょう」

控えめな口が差し挟まれた。

「やだやだ!ウェインのばかぁ!」ヒナがウォーターズの従僕らしき男――どうやらウェインというらしい――に食ってかかった。

使用人相手とはいえ、なんという暴言を吐くんだ。ウォーターズが気分を害して、妙な難癖をつけてきたらどうするつもりだ?差し入れた食料を返せとか、パンの代金を払えとか。

「ヒナの言う通りだよ。まだいいでしょう?ね、ウェインさん」カイルは離れ難そうにウェインを見上げ、まるで一生のお願いでもするかのようにねだった。

ウェインは困ったように主人を見やり、カイルへの返事を主人まかせにした。

「いいでしょ。ウォーターさん」ヒナがウェインから離れ、ウォーターズの腕にしがみついた。かなり素早い動きだ。

すっかり蚊帳の外のブルーノは、このままでは晩餐の人数が増えるだけでなく、あの邪魔なロシターを追い払えないという危機感に青くなった。

そんな勝手ばかり言う二人を黙らせたのは、意外にもウォーターズだった。

「今日はこれで帰ります」

つづく


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ヒナ田舎へ行く 75 [ヒナ田舎へ行く]

晩餐は、長く続くロス家がとうとう御家断絶の憂き目にでもあったかのように、しんと静まり返っていた。男兄弟、三人もいて跡継ぎがいないなどあり得ないのだが。

『いったいなにがあったんだ?』とスペンサーがブルーノに目配せをする。

ダンも『そうですよ』と責めるような視線をブルーノに投げつけた。

ヒナはスープの具を避けつつそれはもうちびちびと啜って、カイルはせっかくの厚切りハムを爪の先ほど小さく切り分けては、こちらもちびちびとかじっていた。

「そうだ、ヒナ。このあとはお勉強の時間ですからね」ダンはなるべく落ち込みの原因である人物から気を逸らそうとした。

ヒナはじろりとダンを見て、「もう夜なのに?」と不満げにこぼす。お勉強大好きのヒナにしては珍しい。

「アダムス先生が、遠く離れていてもヒナがきちんと勉強するようにと出してくれた宿題ですよ」ダンがやんわりとたしなめるように言う。

「アダムス先生が?」ヒナは顔をくしゃりと歪めた。「ヒナ、アダムス先生に手紙書く」目を袖口でごしごしと擦る。勉強云々は聞いていなかったのか?

「ええ、そうしましょう」そう言う以外の選択肢があったら教えて欲しいものだとダンは思った。

「それはいい考えだ。なあ、カイル」スペンサーもヒナのご機嫌取りに参戦した。ついでにカイルの機嫌も直ればと期待する。

カイルはフォークを皿の上に投げ出し、朝の残りの甘いパンをカゴから取って半分にちぎった。「僕は手紙を書く人なんていない」拗ねたように言う。

残りの半分をヒナが取る。「じゃあ、カイルもアダムス先生に書く?」

なぜ?という疑問。

「僕、ウェインさんに書く。また遊びに来てくださいって」

「ヒナはウォーターさんに書く!明日遊びに行きます!」ヒナは明日の予定を勝手に決めてしまった。

「ダメダメ!明日は必ず木こりヶ淵まで行かなきゃならない。手紙は朝までに書いておけばノッティに届けるよう頼んでやる」スペンサーはむきになった。このままでは予定が済し崩しになってしまいかねない。

「お天気次第ではあるけどな」覚えのない非難を浴びせられていたブルーノが、やっと言葉を発した。雨の場合はもれなく中止となる。

「ピクルスは雨が苦手なんだ」とカイル。

ヒナも得意とは言い難い。

「雨の日に出掛けるなんて」ダンはぶるりと身を震わせた。理由は単純。「ヒナが風邪でも引いたらどうするんですか?そんなことになっては旦那様に合わせる顔がありません」むしろ自分が無事でいられるかどうかの心配をしなきゃいけない。

「ぐうぜんウォーターさんに会ったらお話ししていい?」とヒナ。雨のくだりはすっぱり無視だ。

偶然などあり得るのか?とダンは思ったが口には出さなかった。

「まあ、偶然なら仕方がない」渋々のスペンサー。お隣さんなのでそう無下にも出来ない。

「誘われたら家に行っていい?」どんどん要求を吊り上げるヒナ。

「それはダメ」うっかり騙されないのがスペンサーだ。

ともかく、ヒナとカイルの機嫌は少し持ち直した。食後、二人は手紙を書くため、仲良く図書室に集った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 76 [ヒナ田舎へ行く]

図書室の書き物机ではヒナとカイルが各々の相手に手紙を書いていた。
ヒナはジャスティンに。カイルはウェインに。

「ああっ!やっちゃった」

カイルが便箋に黒い大きなシミを作った。ペン先が引っかかってインクがにじみ出たのだ。

「あ、ほんとだ。見て、ヒナもいっぱい」

ヒナはカイルよりもたくさんシミを作っている。いつもはきちんと書けているのに、どうやら気が急いてペン運びが雑になっているようだ。カイルはおそらくは普段書き慣れていないせいだろう。

解読するのが難しそうな手紙だが、気持だけは十二分にこもっている。

ダンは二人を残して、キッチンへ向かった。頑張る二人にココアのご褒美だ。

キッチンにはまだブルーノがいた。作業台に向かい、何かしている。

「お邪魔してもいいですか?」念のため断りを入れた。ブルーノは勝手にキッチンに入ると怒るから。

「なんの用だ?」

ギロリと睨まれた。手には小振りのナイフ。

一瞬ぎょっとしたが、どうやら道具の手入れをしていただけようだ。作業台には調理器具が整然と並んでいた。毎日こうやって手入れをしているのだろうか?

「ヒナとカイルにココアの差し入れをしてあげようと思いまして」その際にはブルーノの手にある物騒なものに気を付ける必要がありそうだ。彼はなんだか気が立っているようだから。

「ココア?うちにそんなものないぞ」ブルーノの眉間に深い皺が寄る。やっぱり不機嫌だ。

「持参しております」嫌みにならない口調を心がけた。

「ああ、そうだったな。贅沢ができる主人をもっているんだった」どこか棘のある物言い。

ブルーノもスペンサーと同じ事を言うのだと、ダンは思った。

「ヒナのためならどんなことも惜しまない主人ですから」けっして僕の為なんかじゃない。

旦那様はヒナの為なら何でもする。仕事を放り出し、たいして欲しくもない屋敷を高値で買い取ることなど造作もない。考えただけで笑ってしまいそうなほど、ヒナを愛していらっしゃる。

「その理由は分かるような気がする。湯は沸いている。勝手にやれ」ブルーノは素っ気なく言い、作業に戻った。

「ブルーノも一緒にどうです?甘さの調節なんかもできますし」そこまで言ってブルーノが拒否しそうに見えたので、ダンはあわてて言葉を補った。「今朝のコーヒーのお礼にごちそうさせてください」

なんとなくブルーノに断って欲しくなかった。今朝無理矢理コーヒーを飲まされた仕返しなんかではない。ココアはとても美味しい飲み物だし、身体にもいい。きっと腹立ちも幾分か治まるだろう。それに僕は誰よりも上手にココアを淹れられる。

いや、ホームズには負けるかな。

「そういうことなら――」ブルーノが折れた。「こちらはお返しに明日の朝コーヒーをごちそうしよう」

「それはどうも」ダンはひきつった笑みで応じた。

「ヒナは美味しいと言ってくれたが」ブルーノは意地悪く口元だけで笑った。

僕がコーヒーが苦手だってわかってるんだ。なんてやつだ!

こうなったらココアをとびきり甘くしてやるから。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 77 [ヒナ田舎へ行く]

ダンがヒナとカイルのココアを手にキッチンを出ると、ブルーノは作業台の端に並ぶふたつのマグをじっと見やった。

ふたつということは、俺とスペンサーの分か。それとも俺とダンの分か。

道具をひとつひとつ定位置に戻すと、椅子を引き寄せそこに座った。そろそろ風呂に入って部屋へ引き上げたかったが、ココアをごちそうするというのだから、いただくしかない。とにかく、ダンが戻ってくるのを待とう。

妙なものだとブルーノは思った。

今朝ダンは脅され泣かされ、ここを追い出されそうになった。顔に傷までこしらえた。それなのに、今朝の(コーヒーの)礼がしたいとは、どこまでお人好しなんだ。

廊下の軋む音がして、ブルーノは顏を上げた。ダンが戻って来るには少々早い。

「あ、ブルゥいた」

シャツ一枚でうろつくヒナだった。なぜズボンを穿いていないのだろうか?

「どうした?いまダンがココアを持って行ったぞ」

「そうなの?ダン戻ってこないからヒナが来た」そう言いながらヒナはとことこ入って来た。

「手紙を書いているんだろう?」

「出来たから、ブルゥにおねがいしとこうと思って」ヒナは両手で握り締めた手紙を前に突き出した。指先が真っ黒だ。

「スペンサーが隣の部屋にいただろう?」

ヒナは首を振った。「いなかった」

あの野郎。ブルーノは内心毒づいた。

「では、わたくしが預かっておきましょう。ところでヒナ、インクはもう乾いたのかい?」なんとなく乾いていないような気がした。真っ白な封筒に指のあとが付いている。

「すいとりがみやったよ」

そういうことはちゃんとできるのか。ブルーノは感心した。

「よし。では明日ノッティに渡しておこう」ブルーノは手を伸ばして手紙を受け取った。失くさないように、磨いたばかりの銀のトレイに乗せて、作業台の真ん中に据えた。これで明日の朝、渡し忘れる事はないだろう。

「ここで一緒に飲んでいい?」

いったいなんのことかと、ブルーノはきょとんとした。「な――」にを、と言い掛けて、ヒナの視線がマグに注がれているのに気づく。ふたつあるうちのひとつが誰のものか、いまとなってはどうでもいいこと。ヒナが欲しがっているのだから、ひとつ譲るしかない。

「椅子はそこだ。持って来て座りなさい」あとでダンにとやかく言われないためにも、ヒナには行儀良くしておいてもらう必要がある。

ヒナは食器棚の横から簡素な木製の椅子を運んできて、ブルーノの隣に座った。ふたつのマグを見比べ、どちらを取ろうか悩んで、若葉色のマグを取った。

ブルーノには赤いマグを譲る。

「もう飲める?熱くない?」ブルーノに先を促すヒナ。猫舌なので仕方がない。

ブルーノはマグに口をつけ、大丈夫だとヒナに目で合図をした。恐ろしいほど甘いが熱くはない。

ヒナは用心深くマグの中を覗き込み、それから顏を上げた。「ねぇ、ブルゥ。返事はロシタが持って来ると思う?」

ああ、そうか。返事の存在を忘れていた。またあのロシターがやって来る可能性はおおいにある。

その可能性をつぶす策を、明日の朝までに考えておく必要がありそうだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 78 [ヒナ田舎へ行く]

ダンは慌てていた。

ココアを持って図書室へ戻ると、そこにはカイルだけがいて、ヒナが座っていた椅子の上にはなぜかズボンだけが取り残されていたからだ。
なにが起こったのか、こわくてカイルには聞けなかった。

疑問は後回しにして、カイルにココアを差し入れると、ズボンを手に図書室を出た。行先として真っ先に候補にあがったのは――

「ブルーノ!ヒナが来ませんでしたか――あっ」やはり。キッチンしかないと思った。

「いるぞ」ブルーノは隣に座るヒナに向かって顔を振った。

「来ました」ヒナはマグを手に答えた。

「椅子の上にズボンだけ残してどこへ行ったのかと思いましたよ。いったいどうして、そんなはしたない格好をしているんですか?」咎め立てするような顔を作ってみるのだが、ヒナに通用したことはこれまで一度もない。

「カイルがインクがこぼれたらいけないって」ヒナは予想通り平然と答えた。

「ああ、だからカイルも」てっきりヒナの発案だと思ったが、まさかカイルだったとは、意外だ。

「どうせなら上も脱げばよかったのに」ブルーノがヒナを煽る。

名案を授かったヒナは尊敬のまなざしをブルーノに向けた。「明日からそうする」

明日から?もしかしてヒナは毎日旦那様に手紙を書くつもりだろうか?

「ウォーターズと文通でもするつもりか?」

「ぶんつう?そうしよっかな?」ヒナは心許なげに言って、そそくさとマグに口をつけた。どうやら文通の意味がよく分からなかったらしい。

「ヒナ、手紙は書けたんですか?」書けたのならズボンは穿いて然るべきだ。

「ブルゥに渡した」ヒナはブルーノを見上げた。

ブルーノは視線を受け止め、それからトレイの上の手紙を見やった。

「しっかり受け取ったぞ」ダンに向かって言う。

「もう封をしたんですか?」ダンはがっかりした。

「封はしていない。まさか読むつもりじゃないだろうな?」

「ま、まさか!きちんと書けたか確認をしようと思っただけです」大袈裟に手を振って否定した。

「ヒナ、ダンは手紙を盗み見するつもりだぞ」ブルーノは口元に手を当て、ひそひそとヒナに耳打ちをした。もちろん丸聞こえだ。

「そうなのダン?盗むの?」ヒナは真に受けた。

「盗んだりしません。もうっ、いいです。僕も座って一緒にいいですか」ダンは拗ねたように言い、壁際から椅子を引き寄せブルーノの向かいに着席した。

ブルーノが押しやっていた赤いマグを、そうとは知らず手に取り、口をつけた。

「あ、それブルゥのだよ」ヒナが言う。

「別にいい」とブルーノ。

ダンは二人の言葉を聞かなかったことにした。

もともと自分用に淹れたココアだ。飲んで何が悪い。ヒナが手にしている若草色のカップがブルーノの激甘ココアだ。

でも、いま口をつけた場所にブルーノも口をつけたかと思うと、どういう訳か落ち着かない気持ちになった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 79 [ヒナ田舎へ行く]

「さて、俺はもう行くが、片付けを忘れないでくれよ」ブルーノはダンに向かってそう言うと、すっと立ち上がった。

「ええ、きちんと片付けておきます」ダンは如才なく応じた。

「どこ行くの?」ヒナが名残惜しそうに言う。

「風呂に入って寝るだけだ」ブルーノは答えた。

「ヒナも一緒に入る。ねぇ、ダンいいでしょ?」

とんでもない申し出だ。ブルーノは拒絶の意味を込めて訊ねた。「夕食前に入ったんだろう?」

「うん。でも汗かいちゃった」

なんだかなまめかしい台詞だ。相手が女性でそこそこいい肉体の持ち主なら、誘われていると勘違いしそうな。だが、ブルーノはそういう女性には興味がなかった。

女は何事においても慎ましい方が好みだし――もっぱら母親を理想像とするものだが――べたべたとじゃれてくるなど問題外だ。

「あまりいい考えではありませんね」ダンが困ったように言う。

ブルーノは苛立たしげにダンを一瞥した。ヒナがどれほど高貴な身分かは知らないが、まるでこちらが最下層の身分であるかのような口振りではないか。いまはラドフォード家に仕えるただの使用人(正確には管理人)かもしれないが、ロス家はこの地に代々続く由緒正しい家柄で、ラドフォードに土地を奪われる前は、我らがこの土地の主だった。

「ダメだとさ」ヒナと風呂に入る気などさらさらなかったが、残念そうに言うとヒナの頭を軽くぽんと触った。

ヒナはがっかりとばかりに肩を落とした。

ブルーノはそんなヒナが愛おしくなった。面倒な子供だとばかり思っていたが――実際そうなのだが――、少なくともダンと違って人を身分やあれこれで判断したりしない。ヒナは独自の思考回路を持っていて――かなり理解しがたいが――、物事を杓子定規に決めつけたりしない。

そう気付いたことで、ヒナに対する待遇その他もろもろ、方向転換する気になった。甘やかす気は毛頭ないが、不当な待遇を強いる気はすっかり失せてしまった。スペンサーが異を唱えるだろうが、ヒナの世話係としての決定に従ってもらうしかないだろう。

「汗でベタベタのまま寝るしかないな」ブルーノは更に言い募った。

ヒナはいやいやと首を振った。訴えるようにダンを見る。

ダンは諦めたように大きな溜息を吐いた。「わかりましたよ。さっと身体を流すだけですからね。髪は濡れないようにオダンゴにしておきましょう」

オダンゴ?なんて不思議な響きの言葉だ。

「オダンゴというのはなんだ?」ブルーノは訊ねた。

「食べ物らしいです。満月のような」ダンもさして知らないといった口ぶりだ。

「へぇ……」と言ったが、意味はさっぱりだ。

かくしてブルーノとヒナは一緒にお風呂に入ることとなった。

つづく


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